コラム(勝利者の瞑想法):流れて時が過ぎれば

他の人に接しその人を見る時、お金持ちを,お金持ちと見てはならない。又、貧乏人を見る時、貧乏人と見てはならない

健全なアスリートを見ても,健康だと見てはならないし、精神障害者を見ても, 精神障害者と見てはならない。

社会的地位の高い人、立派な人格者を見ても、地位の高い人、人格者と見てはならない。

幼子を見た時に, 幼子と見てはならないし、老人を見た時、老人だと見てはならない。
 
犯罪者を見た時犯罪者だとみてはならないし、有名人、善行者或いは英雄を見た時に、今ある姿だけを見てはならない。

この世に生まれた人で欠点の無い人はいないし、何も才能を有しない人もいない。
超の付く美人やイケメンはそれだけの才能で、姿形が美しくない人は沢山の才能を持っている。

女性は有る時男性だったし、男性は有る時女性になるだろう。地獄の住人が天界に生まれることもあるだろう。またその逆も。

今ある個性や才能、人格は一時的なものである。流れて時が過ぎれば、全ての人、全てのものは、違う場所で違うものになっているのである。

現在、人間として生まれてきた生命は、これまでに沢山の輪廻転生を経験してきた。その沢山の体験は霊体の中に書き込まれているのである。その書き込みを聖なる智慧と行動で消去すれば、原因の体としての幻のような霊体が無くなって、つまり霊魂の霊の部分が無くなって純粋なる魂だけになるのである。それが自己解放の悟りであり解脱である。何から解放されるのか特殊性、個別性の自己から解放されて共通性、普遍性になるのである。特殊性、個別性を生み出している汚れが無いから、生き物に生まれる原因がなくなって結果として輪廻から解脱するのである。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2025/8/31からの転載です)