コラム(勝利者の瞑想法):洞察力を養いアカルマをめざすアヌ・プレクシャ

プレクシャ・メディテーションの基本的な6種類の瞑想法ではないが、アヌ・プレクシャはマントラ・メディテーションと共に重要なプレクシャ・メディテーションのテクニックである。

アヌと云う言葉の意味は二つあって、一つが真実とか本当のことと云う意味であり、もう一つが何回も繰り返すと云う意味である。

沈思黙考・智慧の瞑想

 何が真実かを徹底的に考える沈思黙考型の瞑想は「智慧の瞑想」とも呼ばれている。ゴータマ・ブッダは菩提樹下で、無思考型の瞑想から離れて、考える「智慧の瞑想」によって、12縁起の悟りを得たと伝わっている。一生懸命、徹底的に論理的に考えれば考えることが瞑想になる。徹底的に考えれば内なる智慧が開かれる。その智慧によって洞察力が出てくるのである。
洞察力が出てこなければ、本当のことと嘘のことの見分けがつかない。正しいものの見方が出来なければ間違ったことをしてしまう。正しいものの見方、正見・正知の出発点が洞察力なのである。洞察力無くして正見は無いと思う。

自己暗示法・繰り返しの善い想いと言葉

 善い言葉と想いを繰り返せば潜在意識下に善いものが定着する。繰り返された行動は善いものも悪いものもやがては潜在意識に定着し、内なる深いレベルから我々の思考や行動に影響を及ぼすようになってくる。善い言葉等を繰り返し唱えるのは、潜在意識を変革するテクニックである。システムとして機能している内部の仕組みを変えない限り、私たちの人格の変容は期待できないと私は考える。その有効なテクニックの一つが繰り返しの言葉やマントラ、霊的色彩光による瞑想である。

洞察力の獲得・アヌプレクシャ

 ジャイナ教聖典に記述がある、12種類の真理に対する考察瞑想の対象の中で、最初に取り組まなければならない事は「無常」である。

 無常を理解することは洞察力を獲得する最も大事な基本である。全ての問題を解決するマスターキーであると云っても過言でない。物質的な現象世界は全てが変化する。一瞬一瞬大きな変化が起こっていると完全に身体を通して理解しなければならない。その上で変わるものと変わらないもの、非物質の究極のアートマンを理解しなければならない。究極の清らかさ、シッダ・アートマンと生命体として汚れたジーヴァ・アートマンの二面性のアートマンを理解しなければならない。

 アートマンの秘密が解ると潜在意識のカルマの秘密が解る。カルマの仕組みが解ると、なぜ生き物が輪廻転生しているかが解る。それらが解ると因果律が完全に理解できるようになり、智慧が起こって洞察力が出てくる。全ての生き物はアートマンのレヴェルで平等であり無差別であり自由であることを完全に理解する。平等、無差別観が確定して恐怖が無くなり平和になる。これが非暴力と云うことである。

 無常と云うことを本当に理解できれば、自分の身体を含めて何も所有出来ない、執着できないことが解る。そのことが心底解ると欲望が少なくなり、自己中心のエゴ的な心から離れる事ができる。
所有と執着が我々を不自由にしているのだから、無所有、無執着が解れば、自由感が増して欲望が少なくなり、怒りが減少して、他との争いが無くなる。怒りが無くなれば恐怖も無くなり非暴力、不殺生が実践できる。平和になる。

①無常についてしっかり理解できれば困難や不都合な事を耐え忍ぶ事ができる。どんなに辛いことも困難なことも悲しみも忍耐することができる。現象世界は全てが一時的で変化してしまうからである。無常の理解によって、時の流れを待つ事ができる忍耐力が出てくるのである。人生とは忍耐そのものである。善い事も悪い事も起こってくることの全てはカルマに関係しているのである。忍耐はまた、アパリグラハ(無所有、無執着)、アヒンサー(非暴力、不殺生)の基礎でもある。忍耐によって平和になる。

②無常の次なるアヌプレクシャの対象は、魂(アートマン)とジーバ(生命体)、それから魂ではないものとジーバではないものを熟考する。

③ジーバはカルマに束縛されて無限に輪廻転生していることについて

④輪廻転生に於ける、自分の行為に対する自己責任が、自己救済の唯一の道であることについて

⑤魂について、魂は非物質であること、魂以外のもの(身体や心など)と違っていること

⑥カルマの流入、カルマによる束縛、カルマ流入の防止、カルマの根絶について

⑦世界の性質とは

⑧正しい信仰、正見、正しい行為、その認識の難しさについて

⑨ティールタンカラによって語られた、解脱への正しい道への基本原理について

以上のことを対象にアヌプレクシャすれば、やがて内なる智慧の扉が開き洞察力が出てくる。
その洞察力が自分に起こってくるあらゆる問題を解決するマスターキーになり、モークシャに続いている道なのだと思っている。プレクシャ・メディテーションはそうした哲学を包含する優れた瞑想法なのである。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2025/6/28からの転載です)