コラム(勝利者の瞑想法):無常と空

時間の経過と共にこの世の全ての物は変化してゆく、この世の中に不変の物、恒久のものなど何もない。どんなに堅固なものも時の流れと、変化に打ち勝つことは出来ない。

一件堅固に見える鉄筋コンクリートの建造物、東京という大都会、高速道路、超高層ビル群、それらでさえ長い時間の流れの中で、姿を変え何の痕跡も残すことなく消滅してしまうのだ。

人間は自分の痕跡を何らかの形で残したいと願っているが、長い時間が経過すれば何も残らない。石に刻まれた記念碑も金属で作られた彫像ですら痕跡も残らない。ナショナル・ジオグラフィック制作のDVD『2億5000万年後の地球』を観た。私達がほとんど変わることなく未来も同じ状態で存在していると思っている大地、日本列島やヒマラヤ山脈、太平洋ですら2億5000万年経つと今とは全く違ったものになってしまう。そこに住む生物も、植物も今とは違った姿をしている。

現在の地球に住む一人の人類が遠い未来の地球に向かって宇宙船で旅立った。冷凍状態で宇宙船に乗り、宇宙を放浪した旅人が地球に戻ってくる。旅人はその間、10年間眠っていただけだったが、相対性理論により、旅している間に地球は2億5000万年歳をとっていた。彼が宇宙船から見た地球は全く見慣れない地球だった。人類は一人も生存していないし、人類が築き上げた文明や都市の痕跡すらなかった。彼は今や自分が地上で一人ぼっちになってしまったことを知った。

地上の大陸は全て移動し、地上から見える星の位置さえ変わっていた。北斗七星の柄杓の形は、逆の釣り針型になっていた。宇宙の旅人は降り立った大地が地球かどうか確信が持てなかったので、コンピューターのデータデータベースにアクセスしてみたが、何もかにもが変わってしまっていた。彼は夜空に小さくなった月を見つけた。月は地球の近くに以前と変わらぬ姿で存在していた。しかし、月は壱年に4センチづつ遠ざかって行ったので、地球と月の距離は離れて、地球から見る月はずいぶん小さくなっていた。彼は月を見つけたので、自分が降り立った場所が地球だと確認出来た。しかし、地球は旅立つ前と何もかもが様変わりしていた。

彼が10年間、眠って宇宙を放浪する旅をしていた間に地球に何が起こったのか。人類はマグマの上で生活していると言っても過言ではない。流動的な高温のマグマの上の薄い地殻の上に暮らしている。マグマの動きで地殻のプレートが動いて大陸が移動していく。現在の地球から1億年後の地球では、アフリカ大陸が北上してユウラシア大陸の下に沈み込むことで地中海は消滅し、替りにユウラシア大山脈が聳え立っている。アフリカ大地溝帯によって分裂した東アフリカ大陸が出来ている。2億5000万年後にはオーストラリアが北上し、南北アメリカとユーラシア大陸が合体して一つになった大陸、スーパーコンチネントとなっている。

2億5000万年の間に大規模な火山噴火があり、気候が温暖化し局地の氷河が全部消滅することが起き、小惑星が衝突することが起き、氷河期と間氷期が繰り返される。一日の気温差、季節による寒暖の差、降雨や風が吹くという気候による風化作用も無視できない。中生代が始まる頃、2億5000万年前、今のグランドキャニオンのあるところは、パンゲア大陸の巨大な砂漠の一部だった。毎日スプーン一杯ほどの風化による掘削作業が今ある深い巨大な谷グランドキャニオンを刻んだ。大氷河期になれば今存在する万里の長城も北半球の大都市は氷河の圧力によって瓦礫にされる。グリーンランドと南極の氷河が溶けると海面は70メートル現在より水位が上がり、地球上のほとんどの大都市は水没する。水没した都市の上に分厚く土砂が推積し、マグマが嵌入し地層がアーチ型に変形し捻じ曲げられてすべてを打ち砕いてしまう。金属は酸化し、または他の物質と反応し形を変えてしまう。

都市が化石になって残る可能性はあるのか。化石になりやすい地下に埋もれればその可能性はある。2億5000万年後の地球に文明の痕跡は化石となって残るか。東京は残らない、マンチェスターもサンフランシスコも残らない。ニューオーリンズが都市ごと化石化し残る可能性がある。ガラス瓶やグラス、灰皿などが残る可能性が高い。

2億5000万年後に地球に帰還した旅人は、文明の痕跡を求めて探査する。すると、現在は高い山の中腹になった岩山の露頭で黄銅鋼化したサキソホンの化石を発見する。それはかって、水中に没して消滅したニューオーリンズの街の酒場跡の打ち捨てられた真鍮のサキソホンだった。超年月のあいだに素材の真鍮が化学反応を起し黄銅鋼化したのだった。

地球が出来てから現在までを一日24時間に当てはめてみる。恐竜が繁栄していた中生代ジュラ期は2億年ほど前で、22時から23時頃に該当する。人類が登場したのは24時00分00秒の僅か2秒前のことである。一日の内の一時間の1000分の1秒が人類の生きる時間で、人類は都市を築きあげた生き物であるが、長い地球の歴史から見ればその時間は一瞬にもならないことが理解できる。又、良く考えれば理解できることだが、一秒という極めて短い時間の経過の中でも超スピードの変化が私たちの体の内側と外側の世界に起こっている。

地球上には永く持ちこたえられる物は何もない、形あるものは全て壊れる。時間の流れで全ては変化する。変化しているものに実体はない。この世に堅固なものなど何もない。本質はグチャグチャに柔らかい、全ては変化しているエネルギーに過ぎない。諸行無常、諸法無我、色即是空、空即是色、涅槃寂静。私たちは所有しても実は何も所有することなど出来ない。執着しても、執着することは出来ない。人間はアと生まれてアと死んでゆく。アとアの間にいろいろあっても全ては夢、幻なのだ。では何故自己は存在しているのか?自己とは何か?この世という次元の背後にあの世という次元があるのか、ないのか?私はその秘密のドアを瞑想という鍵を使って開けてみたい。

<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2014/6/25からの転載です)