外は吹雪。夜中に風が吹いて、ここ二階の窓ガラスに風に運ばれてきた粉雪がびっしり付いている。昨夜は電気炬燵に足を突っ込んで寝ていた。温かい寝床から渋々起きて、階下に降りる。室温-6度。厳冬の朝、先ずしなければならないことは居間の石油ストーブに火をつけること、そして、電気炬燵をONにすることだ。今朝は室内でも素手がかじかんでしまうぐらい寒い。昨夜、ストーブの上で湯が沸いていた薬缶は夜の間に冷えきって中まで凍っていた。外の積雪はゆうに2mを超えている。
私は今、新潟県との県境の町、福島県只見町にある福島県指定重要文化財古民家・叶津番所に2週間の予定で滞在している。叶津番所は250年程前に建てられた奥会津地方最大規模の古民家で、そこに一人で夜を過ごしている。その歴史を刻んだ大きな古民家の圧倒的な雰囲気のもとでは、孤独に強くなければ一晩たりとも過ごすことは出来ないだろう。吹雪の夜は建物のあちらこちらでさまざまな音がする。建物がしゃべっているようでもあり、目に見えない精霊の声のようにも聞こえるからだ。
叶津番所の周りには、番所を核として100年以上前に建てられた伝統的な「蔵」、13年前の2005年に新築した古民家風多目的道場の「みずなら只見ユイ道場」、「小番所」と称する中古住宅がある。私はその4棟の建物のオーナーなので、豪雪から建物を守るために滞在しているのである。平成30年1月27日午後4時、アメダスランキング積雪量情報は只見が271cmで青森の酸ヶ湯353cm、山形の肘折についで3位であると報じている。
雪に閉ざされた中で、囚われの身になったような状態で日々を過ごしていると、「何が原因で自分はこのようなことを体験しているのだろうか?」という思いが強くなる。「なぜ叶津番所を買ったのか、どうして道場を創ったのか。」「文化財の保護と活用を続けたこの30年間はなんだったのか。」などと考える。何もすることがなく、ボーとした頭に反省的な心が沸いてくる。そんな時、ふと、「今、私がこのような形で存在し、このようなことを体験しているのは、原因と条件と結果の糸が必然的に連綿と悠久の過去につながっているかだ。」と解った。
叶津番所を所有することになるまでに数えきれない御縁があった。その、どんなに小さな御縁が欠けても叶津番所に出会うことは無かっただろうし、また所有することもなかった。私が高校一年生の時、山岳部に入部しなければ、佐藤勉さんという山登りの先輩に出会わなければ、20歳で肺結核にかからなければ、ヨガの導師・沖正弘先生に出会わなかったら、沖先生の言葉が無かったなら、私がヨガやインド哲学に興味を持たなかったら、そのようなことは起こらなかったであろう。しかし、そのような無数の御縁があって今の私が存在している。人間存在は孤独に思えるがそうではない。あらゆる他のものとの御縁によって支えられているのである。宇宙全体が私という存在を支えてくれているのである。
物を所有するということは、土地であれ建物であれ、家族であれ、美術品、骨董品、職場、財産、ペット、その他なんでも後々、管理しなければならない、世話をしなければならない苦労がつきまとう。所有し使用する喜びと、それに伴う苦労は必ずついてまわる一体のものだ。人間だけがこの苦しみを喜びに替えることが出来る。それが人間の理性的な心であり、他の動物にはない仏性というものなのだ。さまざまな経験をすることで人間の霊性が高まっていくのだと思う。どのようなことを経験するのかはその人が自由意思で選んでいることである。その自由意思の根源がヴァーサナーであり、サンスカーラーという。その人の持つ個性、性向、志、夢や希望の出発点のことである。
番所の周りの4棟の建物で一番問題なのが、「小番所」である。小番所は道路を挟んで番所と向かい合っている2階建ての中古木造住宅である。私が2010年に買い受ける前は90歳近いおばあさんと息子が住んでいた。おばあさんが高齢になったので、姉さんの居住地近く福島県郡山市に二人で引っ越していった。番所の隣接地であり、建物からの山や川の風景が絶景なのが気に入って、番所でのヨガ合宿や国際交流の利便性が高まることもあり、その住宅を買ったのである。売り主の条件として家具や什器備品を全て残置していくというものであった。私はその条件を承諾して、建物の引き渡しを受けたが、建物内部は不用品でごみ屋敷のようだった。そのとき私は地獄のようなこの環境を天国にしてみせると心に誓った。今では佐藤松義さんキエ子さん夫婦の協力もあり地獄のような雰囲気が天国に替わった。近年、2階の一室を綺麗に整えて只見での私のプライベートな居室にしている。
小番所は建物の構造上致命的な欠点があった。冬の只見の豪雪に対応していない事だった。それに、極めて安普請で構造材も細かった。屋根勾配が緩く、積もった雪が滑り落ちなかった。1階部分に下屋が6、5間×1、5間で付いている。およそ畳20枚分の下屋屋根に雪が積もる。さらにその上に2階屋根からの落雪が積み重なる。屋根に積もった雪を放置するとこの家は雪に押しつぶされてしまうのだ。平成27年1月母が亡くなり葬儀などに追われて只見に来ることが出来なかった。その年は大雪の年だった。屋根に積もった雪が落雪せずに積み重なって、その重量に押されて小番所二階の梁と柱が折れてしまった。保険に加入していなかったので修理代は痛い出費となった。
番所や倉は管理を委託している三瓶こずえさんの家族が雪下ろしをしてくれる。道場は地下水をスプリンクラーのように出しているので、急こう配の屋根から自然に落雪したあと融けるので、手間がかからない。私が冬に只見に滞在する目的は主に小番所を雪害から守るためである。
なぜ、これほどまでに小番所にこだわるのかと言えば、私はこの場所で自分の理想を表現したいからである。私はここに借景を取り入れた枯山水の庭を造ってみたい。チャンスがあれば建物を建て替えて、皆がアッと驚くような素敵な建物を創ってみたいとも思っている。
60歳の時には前途があり、まだいろいろ出来ることがあると思っていた。今、70歳を超える年齢になってこの後、何が出来るのだろうかと考えてしまう。私が只見で活動していることを引き継いでくれる人は家族にも友人にもいない。妻が私にいつも言っている。「あんたみたいな馬鹿な人はいないよね。お金をみんな只見につぎ込んでしまって・・・。」「あなたが死んだらどうするの?早く只見を始末してよね。」「私は何も解らないんだから、あなたのやったことの後始末は出来ないから・・・。」 もっともなことである。
どうやら、私の先が見えてきた。只見での活動は道半ばで終わりそうである。私に働いていた求心力が拡散力に変わったことを感じる。今後、10年程度かけて只見での活動の整理をしようと思う。成し遂げられなかった夢を抱えて、今生で経験した様々なカルマを潜在意識に宿して、それらによって熟成したヴァーサナーとサンスカーラが私を次の人生に導くであろう。
私は過去を振り返り、現在の状況を考察することで、自分の未来が少しずつ見えてきた。前世で私を導いたキーワードは海と軍艦だった。今生で私を導いたキーワードは山と健康と瞑想だった。来世で私を導くキーワードはユニークな建築物と日本庭園と水晶のような気がする。私は6のプレクシャ・メディテーションとアヌ・プレクシャで自己の内部観察を深めていけば、自分の来世がどのような場所に生まれ、どのような人生を歩んでいくのか大まかに知ることができると思っている。
<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2018/2/1からの転載です)