宇宙・世界・この世に存在している元素化合物・物質の中で、水・H2Oほど不思議な性質を持ち、生命体にとって尊く有益ないものは無い。
私は以前『坐禅の源流印度へ』と云う随筆集の中で、「水は偉大なる教師であり尊崇すべき恩人である」という一文を書いたことがある。その文章の中で、水の不思議な性質を科学と哲学の両面からいろいろ説明した。その中の一節を以下に抜き出してみよう。(本文161Pより)
【水はこの世で最も良質な溶剤である。水自体はきわめて多くの物質を溶解することができるが、溶解された物質によって変化を受けることはない。岩石や金属も水に溶けるし、酸素や二酸化炭素などの気体も水に溶ける。水の持つ優れた溶解力を使って、動物や植物は体内のエネルギー供給や老廃物の代謝に利用している。自然界の中にある物質で水は水銀に次いで表面張力が大きい。表面張力の大きい性質が毛細管現象をおこすので、もしこの毛細現象がなかったら地上の生物は存在しなかっただろう。】
水はH2Oと呼ばれる一つの分子物質が複数以上、さらに沢山結合して存在している。その形態は固体(氷)であったり、液体(水)にもなれば、気体(水蒸気)に姿を変えて、宇宙に最も質量が沢山有り、あまねく広く存在していると考えられている。水が自らに溶かしこみ抱え込むことができる物質は、私達を助ける薬のようなものもあれば、私達を損ねる毒のようなものもある。水は善悪、好き嫌い無く、無差別で何でも抱え込むことが出来るが、H2Oは抱え込んだ物質の影響を受けることはない。だから、H2Oは決して汚れることのない純粋なものなのである。水に溶け込んだ善い汚れも、悪い汚れも浄化して取りのぞくことが出来る。役に立つ汚れも取り除いてしまえば、水は究極の清らかさであるH20になる。工業的に純水を創ることが出来る。
私達が毎日飲んでいる飲み物というのは、水プラス汚れなのである。汚れの違いに名前を付けて区別している。自販機の前に立てば沢山の種類の水プラス汚れに名前が付いているのを見るだろう。コカコーラは水にコカコーラになるための物質の汚れが付いているからコカコーラなのである。その物質を取り除いてしまえば、単なるH2Oの純水になる。コーヒーはコーヒーの成分によって汚れた水であるし、お酒やビールもメーカーによって汚れが違うので、パッケージと名前に違いを付けて個性を強調している。全ての飲み物は、お茶も牛乳も味噌汁もジュースも、水に含まれる汚れの違いで、さまざまな個性別になっている。
私達のアートマン・魂はH2Oに似た機能を持っている。私達は生きているので、必ず生活し行動・行為している。私達が行為するとき、知ってか知らずか無意識的に自動的に、未来に何らかの結果をもたらすであろう原因物質であるカルマを、体の超微細なレヴェルに引き寄せている。原因物質である超微細なカルマ物質を、私達は五感を通して思考を通して行動を通して引き寄せている。その引き寄せられた超微細な原因物質によって出来上がった霊体が、さらにヴァイブレーションを発して、いろいろなカルマ物質が引き寄せられる。霊体は別名、原因体と云うが、そこに付着しているカルマによって、私達の人生が操られているからである。それが因果律、原因と結果の法則、カルマの法則なのである。霊体の汚れが個性であり、潜在意識であり、癖付いた心である。
生きるとはカルマの汚染を除去し、心身の癖を無くし、個性を無くしていくことである。私達を助けるカルマも損ねるカルマも無くしていくことが人生の意味である。アカルマになれば魂を覆っていた曇りがとれて魂本来の輝きが発揮される。この時、私達は真の意味で苦しみから解放されて全知全能の神となる。神は外にあるのではない。私達の一番内奥に有るのである。人間はどんな人であれその内奥にそれを持っている。それを見つけるまでは、この世に生きる全ての人間は全員病人であるし、精神障害者なのである。なぜなら私達は皆、輪廻転生病という難しく治しにくい病に罹っているからである。このことが解れば、自分以外に頼れるものはないと解るだろう。全てが自己責任で自業自得と解るだろう。この世の中に起こることで偶然に起こることはない。全てが必然だと解るだろう。そうでなかったら自由もなければ平等もないだろう。
純粋なるアートマンは非物質であり、我々は見つけることは出来ない、無いから無いのかと云えばそうではない、無いから有るのである。形あるもの、物質は瞬間瞬間変化している、変化するものは一時的だから無いのである。諸行無常、人間の肉体は物質で変化するから無いのである。幽体は微細なエネルギーで出来た体で、エネルギーは物質だから無いのである。霊体は超微細なカルマ物質によって出来上がっているので、カルマは物質だから取り除けるのである。純粋なるアートマン・魂は非物質だから生まれもしないし、滅することもない概念で、変化しないから永遠の存在なのである。
仏教は魂を説明しない。ジャイナ教は魂について詳細に説明する。純粋なる魂をH2Oとして説明すれば解りやすいと思いついたのは私の直感である。印度でもH2Oとして魂を説明しているのを聞いたことが無い。日本でも魂を水に例えて説明している文献や解説している人を私は知らない。もしそのような人がいたなら私に教えてほしい。魂をH2Oに例えるのは私のオリジナルです。カルマが素粒子のような超微細な物質なのだと解ったから魂やカルマや輪廻転生を上手く説明できるようになったのです。
<著:坂本知忠>
(協会メールマガジン2026/1/31からの転載です)
